ひきこもりアイデンティティ
杉本:こういう表現が当たっているか失礼なのか分からないですけど、やはり皆さん元当事者だけど。元気になって、エネルギーがあって、社会生活というか、社会参加されてますけど。やっぱりこの界隈のことをやってるというあたりが「ひきこもり」がひとつのアイデンティティになってるんだろうなあって。思いましたね。
勝山:ええ。そうですね。
杉本:ということは、ちょっとネガティヴなイメージで得た環境をそのまま自分の生活、あるいは社会生活、あるいは社会参加の場に転換した。これはなかなかね。そういうメンバーが4~5人揃っているということも。やっぱり首都圏は凄いなあ、と思いましたよ。だってちょっとね。いないですもの。こちらにもそんな人は。
勝山:でもこれは本当に偶然だと思いますよ。
杉本:確かにねえ。考えてみると東京にもいないものなあ。
勝山:そう、だから東京にもいないんです。
杉本:ねえ。
勝山:横浜の、といってもまあ、丸山さんは鎌倉ですけどね。
杉本:うん。でも神奈川ですからね。
勝山:神奈川のこのへんにちょっとたまってるんですよ。
杉本:ねえ? 面白いですね。
勝山:何でだろう? 「脱ひきこもり」的なそういうコミュニティがなかったんですよね。ひとつだけ、「コロンブス・アカデミー」というキツイやつがひとつあるだけでさ。
杉本:はは、ははは(笑)
勝山:もう大変なドギツイ、すっごいのが一軒あるだけで。だからそこには行けなかったわけですね。あそこに行くとニュージーランドに連れていかれちゃうから(笑)。
杉本:ははははは(笑)。
勝山:だからこう、当事者は当事者同士で何とかしていかなければいけなかったわけですね。
杉本:ああ、サバイバーですね。
勝山:うん。だから世代的にも近いんじゃないですか?
杉本:そうそう。だから思ったのはひきこもりが問題になった頃にみなさん20代ということもあるでしょう?
勝山:そう。まだ20代。
杉本:そして結局そのひきこもりの問題がまたちょっと就労の方にシフトして。何だろう?ひきこもりブームが去ったあとも勝山さんは勝山さんで個人でやり、丸山さんは丸山さんで個人で相談をやって、林さんは林さんで同じような傾向の人と結婚されて。いわばバラバラじゃないですか? みなさん、個人として立ったというか。しかもひきこもり軸でね。それが「新ひきこもりを考える会」に集まってきていると。まあ、ほかにもあったのかもしれないけど。どうなんでしょう? 自助会はそこだけなんですか?
勝山:自助会はいま近藤さんがやってる「STEP」というのが、自助会ですね。
杉本:そこは歴史が古いんですか?
勝山:古いと思います。近藤さんは二代目か三代目の代表(?)だと思いますね。あれは老舗ですね。2001年くらいから2004年くらいがまあ第一次ピークじゃないですか? その頃にできて盛り上がっていたグループがそれぞれ卒業じゃないけど、「脱ひきこもり」でいなくなって。寂れたあとに代表もいなくなって近藤さんが引き継ぐ、という感じじゃないですか。
杉本:なるほど。僕もずいぶん若くておもしろい人がいるなあと思いながら横にいて。
勝山:おもしろいですよ、近藤さんは。
展望がないわけじゃない
杉本:話を急速にはしょると、そのような流れが出来てから、なじまない水がなじんで現在進行形に至る、ということですか。
勝山:そうですね。
杉本:もしかしたら林さんがリーダーで始めてから、なおいっそう勝山さん的にはやりやすくなったんじゃないですか?
勝山:そうですね。楽になりましたね。もともと考える会の世話人、全員つながってる感じですよ。
杉本:なるほど。
勝山:考えが近い人しかまわりにいないので、ラクチンです。
杉本:でしょうね。僕も何だか嬉しかったもの。おそらく考えが近い人がこんなにいるんだと思って。で、やっぱりみんなひとかどの人物(笑)なので。
勝山:いや仰るとおりです(自分はともかく)。
杉本:「ああ、いいのかもしれない」と思って。まあ、僕はひきこもり枠組みでは劣等生なので。だからすごく「いいなあ」と思って。展望がないわけじゃないんだと。終章の対談とか作ったけど、最後は少し理想が過ぎて、ちょっと自分の実感と結びつかない面もあったけれど、そちらに行かせていただきましてね。こりゃあ終章の対談の部分もここにはあるんじゃないかと思って。実感した。でも劣等生のあがきとして自費本も実際作っちゃったりしてね。定価も破格で無謀なことだなあと、さすがにね。
勝山:さすがの王者も自費本の値段設定については、安すぎたと思ったでしょ?
杉本:(笑)。
勝山:気前が良すぎでしょ?
杉本:そう思いましたけど、ただ自己実現だからいいだろう、あとくされなく、と思ったら。実際流通本にまで発展したので、やっぱり「あわれみ」というんですか? 善意の人たちの。
勝山:いやいや、王者の器のデカさに心打たれたんですよ。
杉本:そうなのかなあ?(笑)。
勝山:(笑)。
杉本:まあ、いずれにしても自費本じゃあどこまで行っても普及力というか、なんというんですかね?
勝山:わかります、わかります。
杉本:人に伝わらないですからね。
勝山:だからこの普及にかける情熱がね。*宗教仕込みの普及力が凄いと思いますね(笑)。
杉本:ああ、それは確かにあるかもしれない。うん、そこら辺は。あとはお金かな? お金に困ってたらやるわけないもんね。
勝山:いやいや、お金がなくてもやったと思いますよ、間違いなく。この熱量があるならやってたと思いますね。
杉本:ははは(笑)。いやまあ、それでねえ。結局、僕も届けたいというか。偽善ぽいですけどいい話は皆さまにお伝えしたいなあという風に。いますごいものの言い方が偽善ぽいですね。でも嘘ではないので、それはね。
勝山:そうですね。
杉本:やっぱりひきこもりについて思うところもありで。うん。やっぱり『安心ひきこもりライフ』みたいな先駆例があるので。まあ、僕の場合はもうちょっと硬い路線ですけど。それに僕には自分で言葉を作る力がないですから。やはり人の言葉を借りるしかないという感じで。あとはじかに話を聞いて、受けたインパクトが大きかったというのもありましたしね。
勝山:今回この杉本さんへのインタビューが入ったというのは誰のアイディアなんですか?
杉本:それは元々編集者と監修の村澤さんの間ですね。というか、出版社のアイディアというか。もう、そういう風にしなさいといわれたんじゃないのかな?
勝山:それは正解だったと思いますよ。
杉本:実際、よく考えるとこちらにも面白いキャラクターの人はいるんですよね。面白いというか、尊敬してしまうというか。無私の精神のひと。でも世間にはちょっと勝てないというかな? 世間が評価しないというか。まあ、勝山さん流にいえば、小石に転んで小石とともに泣く、みたいな。そんなキャラの人たちがいろんな地方のあちらこちらに転がっているんだと思いますけど。だから何だろう? 当事者の人たちがみんな自分の声をあげたら、すっごい面白い、多様性のある世界が見えてくると思うけど。いかんせん、代弁者がね。
勝山:ろくなヤツがいないですからねえ。いまは代弁者って誰なんだろうなあ?
杉本:代弁者、いないんじゃないですか? 代弁者どこにもいない。勝山さんが代弁者で(笑)。
勝山:あまり当事者にスポットがあたらなくなったのかな?
杉本:僕は本当にひきこもり界に出入りするようになったのは2009年以降なんで。ひきこもり前史は知らなくて。
ひきこもりは人気がないキーワード
勝山:ひさびさでしょう? 当事者の名が出たの。
杉本:そうなんですよ。おそらくひきこもりの本も出てなかった気がするので。
勝山:出てなかった。私の本が出す時もタイトルに「ひきこもり」ってついたら売れないと言われましたから。
杉本:ああ~!そうでしたか。
勝山:本屋さんが並べてくれない、って言われたんですね。
杉本:ふ~ん。
勝山:でも私から「ひきこもり」を取ったら何にも残らないから。
杉本:まあ、名人ですからね。
勝山:だから(笑)。ゴリ押ししたんですよね。
杉本:え? ほかに候補のタイトルがあったんですか?
勝山:いや、なかったですけど。あのタイトル「安心ひきこもりライフ」って時に、ひきこもりという言葉が本屋さんにとってNGワードだという説明を受けたんですね。
杉本:へえ~! あんな名タイトルでも?
勝山:だからブームがあったぶん、斎藤環さんとかのブームがあったぶん、逆に一番古いキーワード、本屋さんが嫌がるキーワードになっちゃってる。
杉本:斎藤環に盗まれちゃったかなあ? ひきこもりという言葉。
勝山:いやいや、あっちが先ですからね。
杉本:あ、そうだった(笑)。
勝山:あとから出てきて盗んだといったら我々の人格が疑われてしまう(笑)。よしましょうよ。王者と名人でバカなことを言うのは(笑)。
杉本:ははははは(爆笑)。
勝山:あとから来て、「盗んだ」はなし(笑)。当事者業界を守るためにも言っちゃダメですよ(笑)。
杉本:そうだよね(笑)。俺、2009年からだから(笑)。
勝山:なのに「斎藤環に盗まれた」って言いきっちゃうところがスゴイ(笑)。私はそういうところは、ちゃんとわかってるからね。
杉本:いやね。僕、歴史を知らないから。
勝山:まあ、そうですねえ。
杉本:うん。状況を知らないから。15年の間の後期の5~6年しか状況を知らないので。ずいぶん乱暴なこと言ってると思うんですけどね。ただ何でしょうねえ。そんなに「ひきこもり」という言葉は ネガティブだから売れない、って感じ?
勝山:人気がない。
杉本:人気がない(笑)。
勝山:要するに関心をひかない。もしくは売れないキーワードのひとつ。
杉本:僕もいまのアベ政権の流れの中で成長戦略だとか、あるいは憲法改正だとか、この2015年の状況じゃあまず売れないだろうなあ、って村澤さんともねえ。話していて。出版社は一般読者、ってさかんに言ってくるけど、一般読者は買わないでしょう、って(笑)。一般の人が買ったらそれはちょっとした世の中の変化としか思いようがないというか。
勝山:本当、その通りですね。
杉本:でも地元の大型店舗でも置いてなかったりするとちょっと寂しいんですけどね。本音をいうと。
勝山:そうですよね。
杉本:俺、地元の新聞に出たとき、切抜きのコピー持ってビクビク、おどおどと営業しちゃったからなあ、ははは(笑)。
勝山:八重洲ブックセンターに置いてあったから大丈夫ですよ。
杉本:なんでこんなにフロアに自己啓発本占めてるんだよ、って思って。まあ、ひきこもり本も自己啓発ちゃあ自己啓発でもあるんだけど。ただやっぱり「治す」とかいうのはねえ。
勝山:「治す」は人気ですよね。
杉本:人気でしょ? そう言われたんですよ。
勝山:1分とか、5分で治すとか、そんなのが人気ですよ。
杉本:ありえないよ(笑)。だって、本来こじれるものでしょう?
勝山:こじれますよね。
杉本:ねえ? それ、ひきこもりとは言わないですよね。こじれてこそ、ひきこもりだもんね(笑)。
勝山:(苦笑)そうですよ。
杉本:1,2年ひきこもってたっていったらさすがに俺も心の中で「それは違うだろう」って。それは単なる「浪人」だもんね。
勝山:誤差の範疇ですね。
杉本:「高等遊民」はダメですかねえ? 夏目漱石いわくの。
勝山:いや、いいと思いますよ。
杉本:一挙に勝山さんの心情ダイレクトに触れようと思うんですけど。言葉に何かひきこもりのネガティヴイメージがあまりにもこびりついちゃったんですかねえ?
勝山:私は、これからは「出家」路線ですから。
杉本:ああ、それそれ。その話なんですよ。うん。
勝山:まだおぼろげですけどねえ。
杉本:いま現在では、筋道としての理論は過程ですか?
勝山:過程ですね。
杉本:直感として思っているところで。でも「出家」という言葉は「そうなんだろうなあ」という感じはすごくしますね。
勝山:在家次第ということで。
杉本:29歳のときでしたっけ? 一冊目の「ひきこもりカレンダー」が出たのは?
勝山:そうですね。29歳の時に書いて、30歳の時に出たんです。
杉本:うん。ちょうど節目ですね。で、39歳から40歳の間に「安心ひきこもりライフ」が出て。ちょうど10年。
勝山:そうですね。10年に1回です。
杉本:で、大人になったひきこもりの人として再度登場して、勝山さんが再認識されて。いまは45歳?
勝山:44歳。
杉本:僕とちょうどひとまわり下ですもんね。だからあと5年したら「ひきこもりは出家である」という。
勝山:そうなりますね。
杉本:そのあたりで本が出そうで楽しみですね。
勝山:ははは。
杉本:その頃にはもう「ひきこもり」という言葉も死んでる気もするけどね。もはや死語になりつつあるのかもしれない。僕なんかも最後のほうでしょうね。ひきこもりの。
勝山:おそらくそうでしょう。
杉本:しかも僕がほとんど喋ってないという本ですからね。インタビュー集なんで。まあどっちかといえば支援者側の人が。支援者に話を聞く当事者、という枠組みなんで。まあ、ちょっと新しいといえば新しいし、ちょっと最後の玉に近いかな(笑)。
勝山:ははは(笑)。でもこれはいいですよ。杉本さんのインタビューが入ったことによって格があがりましたね。