新生児である赤ちゃんとは?

 

 

 

ひとつのキモとして、ワロンを考える場合に新生児をどう捉えるのかというのを本当に細かく書かれているので、どこをどう、「こうです」といえないと思うんですけど。やっぱりひとつポイントになるのは、「交代遊び」とか、「一人二役対話」みたいな。まあモノローグというか、まあ家族とかを真似るみたいな、自分の中でひとり二役の対話みたいなのをはじめるのでしょうけど、それが大きなポイントだと思うんですけど。ワロンにとってそれ以前の新生児の赤ちゃんというのはどういう風なものであると捉えていたんでしょう。あるいは川田先生はどういうものだと捉えていらっしゃいますか。

 

 

 

川田:そうですね。何か光の当て方によってまた見えてくるところが違うという感じがしますね。心理学の歴史でいうと、まあ新生児・乳児というのはかなり長いあいだ無能な存在、という風にみなされていました。私の論文の『年齢・獲得・定型』にも書いているんですけれども、かつては新生児・乳児というのは感覚器官も未発達で、感情もぐちゃぐちゃで、本当に組織立っていなくて、世界は混沌の中にあって、だからあんなに泣くんだ、みたいな。「混沌としての乳児観」みたいなのがあったんですけども。まあ、ピアジェとかそのあたり、20世紀の前半から中盤にかけて緻密な乳児の観察研究が進んでくる中で、思った以上に乳児というのはいろいろ、何というんだろう?無秩序ではなくて、非常に秩序だって世界を認識したり、感じ取ったりしてるんだってことでだんだん捉えられてきて、1960年代から70年代にかけて乳児についての新しいコンセプトが生まれてくるんですね。それが「有能な乳児観」といわれる乳児の考えかたで、これはアメリカ、イギリス界隈で出てくるんですけれども、「コンピテント・インファント(competent infant)」というひとつの新たな乳児観が登場するんですよね。それがいまに続くんですけれども、ただでも、やっぱりもう少しマクロに見ると、1960年代から20世紀の中盤以降というのは、まあ2回目の大戦が終ってそれ以降大戦はないですね。

 

 

 

ええ、そうですね。

 

 

 

川田:それ以降先進国を中心にひたすら経済発展で中間層も豊かになって、人びとのかなり多くが生まれて成長して、で、結婚して子どもをもうけて家族を形成するみたいなことをかなりのポピュレーションがするようになって、それがあたり前、普通という風になったのはやっぱり60年代、70年代だと思うんですよね。

 

 

 

はい。

 

 

 

川田:日本もそうですし。で、そういう時代になって、何か赤ちゃんに対してある希望を持って迎えるという。「こんにちは、赤ちゃん」の世界がやってきたと思うんですよね。で、やっぱりそれより前というのは戦争の問題もあったし、多くの場合貧困とか。何というんでしょう?飢饉とかですね。そういうものが多くて赤ちゃんというのは乳児のときに一番死に近い状態だったですね。

 

 

 

ああ。新生児で死亡するというのは多かったですね。

 

 

 

川田:ええ。いま新生児の乳児死亡率という、1歳までに死んでしまう赤ちゃんの死亡率というのは、1000人生まれて2人か3人です。対して江戸時代の中期から後期くらいは、150年から200年前あたりですかね?その頃には20%以上なので。5人に1人はもう1歳の誕生日迎える前に亡くなる。そして今でいう小学校に上がる前の段階で3割から4割は亡くなってしまうんですね。で、15歳の元服を迎えられる子どもたちは半分以下なんですね。

 

 

 

ああ、そうなんですか。う~む。

 

 

 

川田:だから生まれた子どもの半分は大人になれなかったという時代がまだ江戸の後期にあったと考えると、かなり長い間人類にとっては本当にただ生きるだけでもう、奇跡みたいなことであったと思うんですね。それから女性にとっても出産というのはもっともリスクが大きかったもので、これも江戸中期にはもう戸籍的なデータとかは見られるようになっていて、それはたぶん世界的にもすごいなと思うんですけど。すると女性の死因の第1位は出産関連なんですね。

 

 

 

やっぱりそうですか。

 

 

 

川田:ええ。地域々々によって違うんですけど、データによっては50%超える割合で出産が原因で死亡してる。低いところでもやっぱり3割くらいが出産関連死なんです。ですから、産むほうにしても産み落とされるほうにしてももう、「死が近い」という、死が近い状態というのがやはり新生児・乳児の時代だったので。そういうことを考えるとやっぱりその時代に「乳児が有能か」とかよりも、とにかく今日明日どう生きるかみたいなところで精一杯だろうって考えられるんですね。で、やっぱりここでもワロンの視点は非常に重要だなと思うのは、やっぱり人間は状況の中を生きる。あるいはどこに、どういった所に産み落とされるかによってもそれを引き受けて子どもは生きざるを得ない。そこから発達を考えざるを得ないという。21世紀のいまに生まれるのと、18世紀の庶民のところに生まれるのでは、ポテンシャルは同じだと思うんですね。ポテンシャルは同じかもしれないけれども、ポテンシャルを持っていても環境がそれを許さなければ亡くなってしまうわけですから。そういうことを考えるとなかなか話は複雑になってきて。だから私は発達心理学がかつては乳児は無能だと捉えていたけれども、いまは乳児は有能だと捉えているのは一面ではそうなんですけれども。

 

 

 

歴史的な・・・、

 

 

 

川田:歴史的な、そこには歴史的な大きな波の中でそういうことがあるのであって、普遍的に乳児が有能かどうかなんてことはやはり言えないと。歴史的なひとつの、子ども観として現われてきた。だからこの先もしかすると違うものが出てくるかもしれない。まあ直近で一番可能性があるのは「デザイナー・ベビー」というのが最近問題になって。

 

 

 

デザイナー・ベビー?

 

 

 

川田:ええ。もう遺伝子の段階からコントロールが入っているわけですね。

 

 

 

ああ~。

 

 

 

川田:いまはまだ国際的な、倫理的な問題からも遺伝子をいじるということはできないことになっていますけれども。でもすでに精子バンクとか、卵子バンクとかそういうもので、自分は配偶者いらないけれど、子どもだけ欲しいといった時にですね。例えば精子バンクとかでIQ140以上でスタンフォード、ハーバードを出ているとか。で、白人で目が青くてルックスがこんな感じの人とか、そういう精子がバンクされてるわけですよ。それでそうやって自分が望む遺伝子を手に入れて、それで赤ん坊を生まれる前からある程度のデザインを。それでも最後、これもまた自然の交配でいわゆる胚(はい)の状態から胎児になって、というそこは自然の法則に任せるしかないので、そこにはやはり賭けがあるんですけれども。それでもやはりかなりの確率で望んだ特長を持った赤ん坊が生まれるという。で、アメリカは州によってはそれが法的には認可されていて、進んできているんです。

 

 

 

はあ~。そうですか・・・。

 

 

 

川田:だから、「いのち自体がデザインされる」みたいな時代になってきているので、やっぱり単に生まれた赤ん坊が有能かどうかだけじゃなくて、さらにこう、「有能にする」というか(笑)。何かそんな恐ろしい状況がいま21世紀に迫っているし、すごく大きな課題になっている。

 

 

 

それはあの、現代の状況というのは自然の中で生き延びていけないという赤ちゃんとその母体を何とかそういう悲劇から救うために医療が非常に発達して、本来であれば死んでしまうような未熟児の赤ちゃんが何とか生きながらえて、普通の健康な子どもに育っていくというコンセプトですよね?それはやっぱり人間社会の中ではある意味倫理的に許されるというか、求められた条件で、それは割と自然な人間の要求に近いものだち思うんですけれども、そこまで行ってしまうとほとんどある種の傲慢ですよね。自然界に対する。

 

 

 

川田:そうですね。そう、素朴に私個人としてはそのように感じますけれども。

 

 

 

止まらないのですか?

 

 

 

川田:止まらないですね。

 

 

 

 

 

生まれ落ちる歴史的「状況」の変質

 

 

 

あの、いま止まらないといえば、「大変だな」と思うのは、出生前診断って出来ますよね?その段階で生まれ出る子どもが例えばダウン症になるかならないかというのが判断出来てしまうということが現実問題としてあるわけですよね。そうするともう、何だろう?どういう判断をするのか?というのをすごく迫られるということをがありますね。ぼくには本当は実はこれは大きな問題なんじゃないかと思えて仕方ないんですけど。

 

 

 

川田:非常に大きな問題になっていますね。

 

 

 

で、それを。まあ堕胎自体が罪だっていう風な。まさかカトリックの国でも無いので、堕胎自体が罪だという風には思われないと思うんですけど。やっぱり重たい判断ではありますよね。現代人にとっては。ここもどうなるかわからないですけど。

 

 

 

川田:そうですね。だからワロンが言った大きな意味で人間は状況の中で生まれ落ちるしかなく、そこから人間の発達を考えざるを得ないというのはおそらくかなり普遍性のある言葉ですけれども、その「状況」というものが、次々に変わってきていて。その状況、どういった状況で子どもが生まれ落ちるかということによって子ども観というものが変わる。そこは因果関係というよりはお互いの共犯的な関係で、「ある状況がある子ども観を、子ども観がある状況を」ということだと思います。

 

 こういう風に「卵か鶏か」の感じだと思いますが、共犯的にある状態を作り上げていくことなんだろうと思うんですね。まあ、学問の仕事としては何が出来るのか。よく分からないのですけどね(苦笑)。こうなってくると。20世紀の半ばまでは割と素朴というか、割と科学としての発達心理学みたいな形でまだ「発達」というものがほとんどよく分かってなかったときには、そして緻密に子どもを観察して子どもがどう育つのかということが分かっていなかったときには、研究者なり何なりがそういうものをちゃんと記述して、その発達の順序性であったりだとか、ある発達が起こるのにはどういう条件が必要かということ。そういう理解を作っていくという仕事が、「子どもをどう見たらいいか」ということを人々に教えるという意味で、ある種の安心材料をもたらしたと思います。でもいまは一巡してしまって、むしろ1970年代80年代以降というのは、定められた発達のスケジュールみたいなものを見て、ウチの子どもは遅いとか、早いとか、欠けているとか。何かそういう風に子どもの発達不安を喚起するような、そういうものとしての発達研究が機能してきてしまったということもありますしね。いま人間の発達の研究というのは非常に岐路にあるという、そういう感じもしています。

 

 

 

それって本当の意味での研究領域の中でしっかり煮つめられた研究論文の中でされているものではなくて、一般の人たちが読むような、最近はネット情報が主流になりつつありますけれども、すごくいろいろ多面的な要素を排除して、わかりやすい記述だけでけっこう親御さんが一喜一憂させられるものが。医療などもそうなんでしょうけれど、不安とか、こういう状況になると怖いんだ、とか。そういう不安材料を煽るようなものが本であれば売れるし、大衆性、というのでしょうかね(笑)。ポピュラリティというのでしょうか。そういう一般の人たちの要求を刺激するものが提供されているんじゃないでしょうか。それは研究の本当のテリトリーの中ではあまり認められるものでは無いのではないかと。

 

 

 

川田:そうですね。まあ、実際にはかなり人間の発達は多様性があるし、個人差も非常に大きいんですけれども。そして専門でやっている人は一つ一つのデータの危うさとか、一つ一つのデータの限定性はそれなりに理解しているわけですけれども。それをやっぱりメディアとか、教科書とか、そういう所に載っていくとなると枝葉がババッとこう、切り落とされて(笑)。どうしてもインパクトのあるところを強調されるということになって、まあ言説を作っていってしまうということがすごくあると思いますね。う~ん。我々の研究は統計とか使っても何というか、確率的にしか示せないので。それもけっこう一個一個の研究結果はそんなに強いものではないんですよ。研究結果というものは、もしサンプルを増やしてしまったら。つまり研究の協力者ですね。協力者を倍に増やしてしまったらまた違ってしまうかもしれないし、半分になったらまた違ってしまうかもしれないし。それくらい安定度という意味ではそれほど確たるものではないのですけれども、やっぱりね。いまは研究内でも研究費とかすごいプレッシャーかけられてますからね。とにかく短い間で何か結果を出せ、と言われている中で、何か言えるものはないか、インパクトのあるものはないか、じゃないけど。どうしてもそういう力学の中でほんの少しのものをこんなに大きくしてみせて、というのもすごくあると思います。

 

 

 

次のページへ→

 

  3    

 

 

 

『年齢・獲得・定型』―年齢、獲得、定型 : 発達心理学における『発達』の前提となっているもの(「子ども発達臨床研究」6巻) 川田学 2014年

 

 http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/handle/2115/57564

 

HANDS世田谷」―自立生活センターHANDS世田谷 http://hands.web.wox.cc/