アナキズムは完結しない

 

――ところで僕ね。全体読んでて思ったのは、湿っぽくは全然ない人なんですよ。

 

栗原:ああ~!

 

――この評伝を読む限り。カラッとした感じで。人にもモノにも。モノを頼んだりなんかもしてたんだろうから、頼まれるほうも何か変にこだわりを感じなかったんじゃないかなって。

 

栗原:そうなんでしょうね。

 

――野枝に頼まれたら、「ああ、わかりました」みたいな感じになるんじゃないか。まあ大杉も政府の要人に会いに行って「金くれ」って言っちゃう人だから。そういうドライな、カラッとした感じ。明るい感じというか、パッとそういうことができるというのはうらやましいです。

 

栗原:お金の感覚もそういう感じだったらしくて、もちろんだいたい稼ぐとしたら大杉がどこかから金を引っぱってくるんですけど、だいたい棚の引き出しに金が同じ場所に入っていて、家にいる人はそこから誰でもとっていっていい、みたいにしていたみたいです(笑)。だから女中さんなんかがパアッとこう、取っていったりとか。

 

――ああ~。だから「盗むんじゃないか」とか、そういう発想がないんですね。

 

栗原:ないんですよ。そもそも盗むという発想が所有から来てるので。その発想がポンと抜けてる。ないのかもしれない。

 

――なるほど。大杉や伊藤はそういう発想はあとで学んで得たものじゃないのかも?もともとそういう傾向があったのかな。野枝さんのほうはそれがあるタイプじゃないかと思いますけど。

 

栗原:伊藤野枝にはそれはあったと思います。大杉はどちらかといえば都市っ子というか。

 

――基本的には都会っ子ですか?

 

栗原:そうですね。もともとは新潟の柴田だけど、当時の新潟ってけっこう発達してますし。

 

――ああ、お米で。

 

栗原:もしかしたら野枝からその感覚を学んだのかもしれないですね。頭で考えていることを生活のレベルで野枝から学ぶ。

 

――だからパートナーとしてお互いのいいところを学んだと。

 

栗原:あるいは野枝だけじゃなくて、大杉はたぶんちょっといい暮らししてきているほうだけど、家にやってくるアナキストのゴロツキはもうちょっとこう、「ただ居るだけ」で。

 

――そうですね。この人たちもたいへん面白くって。四人くらい集まってきてますけど、何かみんな苦労を重ねて生きてきた人ばっかりですね。三人くらいはもう小さい時から痛い目にあってきた人ばかり。

 

栗原:そうですね。

 

――この中で本当に使いものになった人って、近藤憲二さんだけですよね。

 

栗原:だけです。その人がいるから全集が全部残っているというか。

 

――本当に個性的な人ばかりだなあって。この四人の取り巻きについて書かれているだけでずいぶん面白く読みました。『大杉栄伝』は。

 

栗原:そう、面白い人たちなんですよ。

 

――すげえ面白い取り巻きの人たちです。で、この人たちの助けを借りて野枝さん子ども育てられたんだけど、関東大震災があって、甘粕大尉に声かけられてそのまましょっ引かれて殺される。しかし甥っ子までなぶり殺すとは。凄まじいですよねえ。

 

栗原:すごいですよねえ。

 

――大杉、伊藤二人を殺すというところまでは…。

 

栗原:そう。まだわかりますけどね。

 

――ギリギリね。犯罪は犯罪ですけど。だけど子どもまでも。何でそこまでやるかな?って、本当に思うんですけどね。

 

栗原:一説では弟の家にいた甥っ子を横浜のほうから連れてくるときに服がないから、何か大杉の娘の服とか着せてたから大杉の娘だと思ってやったんじゃないか、って。

 

――うん。でも子どもまで殺せますかねえ?普通、やれないと思いますけどね。

 

栗原:だから甘粕とかはそれで子ども殺したことだけ倫理的に責められて、最初殺したと言ってたんですけど、途中から最後まで「私は子どもだけは殺してない」って。

 

――そう言うんですか。やっぱりさすがに子ども殺したということは社会的にゴウゴウと批判はあったと。

 

栗原:やられてました。

 

――この頃って、大杉はもうほとんど社会的にも危険人物だ、みたいな扱いですか?

 

栗原:そうなってますね。だから殺したあとは本当に“国家の英雄・甘粕”みたいに。

 

――本当ですか??へえ~。

 

栗原:ただ、一部の知識人の人たちは批判しますよ。リベラル派とか含めて。やっぱスゲー虐殺もやられてますしね。

 

――朝鮮人の人たちの虐殺も大変でしたもんね。

 

栗原:うん。そういうものも含めて。

 

――で、大杉グループの久板(卯之助)さんは別の形で事故死しちゃうんですけど。村木(源治郎)さんと、和田(久太郎)さんと、ギロチン社…。

 

栗原:うん、ギロチン社の中浜(哲)。

 

――といった人たちが今度は「仇討ちだ」ということで、まあ甘粕は捕まっちゃったんで、戒厳令司令官をやろうと。

 

栗原:ええ。福田雅太郎という人ですね。

 

――だから本当にね。面白いなと思ったんですけど、大杉伝も伊藤伝も最後これで終わるかというと、ちょっと続きがあって、仇討ちテロの話がけっこうあるんですよ。それは大杉栄伝のほうですけど、書いてるんですね。で、これは個人的な感想なんですけど、割と二人とも殺されちゃうんですけど、あっさり目に終わっている感がするんです。

 

栗原:よく言われるんですよ。

 

――そこが面白いなあと思ったんですよ。もっと情を込めて、「悔しい」みたいな(笑)。「国家権力め~!」みたいな感じで終わるかと思うと意外にそれはそれとして、みたいな。後日談みたいなのがあって、という感じ。

 

栗原:そうなんですね。特に大杉栄伝だとここからがアナキスト本気出すぞ、みたいな。まあ大失敗して全員死んじゃうんですけど。

 

――なるほど。そこら辺は書きたかった部分なんですか?

 

栗原:そうですね。あとは死んだけれども「現代につながってますよ」というのもあるかもしれないですね。ここでアナキズムは完結しないというか。

 

――なるほどね~。アナキズムの精神は。

 

栗原:火は消えない。

 

 

 

「夢追い人」問題

 

――そこらへんを書きたかったわけですね。わかりました。ありがとうございます。普通に生きて日本にいると「怖いカップル」という所で終わっちゃうんですけど、いまこうやって話してるとすげえヒーロー、ヒロインだったなと思うんですけれども、大杉栄伝のあとがきがね。これがまた別の本領発揮といいますか(笑)。

 

栗原:あははは(笑)。そうですね。

 

――ははは(笑)。すみません(笑)栗原さん自身の失恋体験がひょい、っと。これがまた読ませるところでして…。

 

栗原:そうですねえ。

 

――ええ。まあ、「伊藤野枝伝」が出た頃はいま一緒に住まわれている女性とおつきあいを始めてるわけですね。

 

栗原:はい。そうですね。

 

――で、この『大杉栄伝』では。

 

栗原:それを書いている頃にふられた娘の話とか書いたりして。

 

――(笑)ははは。すげえ普通の人とおつきあいをして、何か毎日電話とかがかかってきて…。

 

栗原:「働いてよ」という。

 

――今日はどういう就職活動をしたのか?という。

 

栗原:毎日でした。

 

――それで具合が悪くなって、もどしちゃったぐらいのすごさだったという。

 

栗原:そうですね。

 

――という、話がありまして(笑)。

 

栗原:「これが家庭の夫の役割を背負わされるということか!」みたいな。大杉伝を書くときに、もう超おこってました。

 

――(笑)なるほど。

 

栗原:要は博士論文を出して大学の専任の応募を出してほしいと思ってたんでしょうけど。

 

――で、博士論文のほうは1年待たされて残念ながら…。

 

栗原:そうです。通らなくて。で、たぶんそうなったら諦めて、別の就職で。「夢追い人」はやめましょうといわれて。

 

――研究者はあきらめて。

 

栗原:違う仕事を見つけるか。

 

――たとえば学校の先生の仕事とかを見つけるとか?

 

栗原:やったとしても、博論(博士論文)をちゃんと書き直すか。そういうときにひとり出版社から、評伝のはなしがきて、やってみようと。

 

――ああ、そうなんですか。

 

栗原:それ聞いて、かの女は「ああン?」みたいな。

 

――ははは。なるほど~。それであの、「ふざけんな」って話になってしまって、という。

 

栗原:(笑)そうですね。

 

――でもどうなんでしょう?もう分かっちゃいますよね。付き合っている途中から。どういう立ち位置の女性なのか、というのは。

 

栗原:はい。

 

――この頃はちょっと揺れてたんですか?

 

栗原:「好きは好き」ですからね。

 

――ああ~。そこは。

 

栗原:だから向こうの論理に乗ってでも付き合ってはいたいですしね。できるところまではゆずってと思ってたんですけど。

 

――なるほど。で、いずれは洗脳してやろうと?

 

栗原:ははははは。まあでも、たいがいはそういうときは女子のほうが強い。

 

――(笑)生活が押してくるわけですね。「これが生活だ」と。

 

栗原:はい。

 

――やっぱり栗原さんもハンサムだし、モテるだろうから。

 

栗原:いやいやいや、マジでモテないです。

 

――そんなことはないはずですよ(笑)。というか栗原さん、生きざまとして、アナキストと言ってよろしいんですよね?

 

栗原:ああ。そうですね。

 

――やはりアナキストとして尊敬するなと思うのは、やっぱり好きなものは好きなんだ、というところでいっちゃうところ。

 

栗原:そうですねえ。

 

――僕は全くできませんからね。一回座り込んじゃうと動かないんですけど、動くんだ、という。思想がどうあれ好きな人の所にはドンといけ、という。失恋してもかまわねえぞという。常にゼロから、という()

 

栗原:一遍上人が一番そういう人かもしれないです。

 

――その『一遍上人伝』のなかでも書かれているんですが、その婚約者になった人の前にもお付き合いしていた人がいて、その人が創価学会。すごくいろいろな女性とのお付き合いがあり。

 

栗原:いやいやいや。僕、少ない方で。本当に。

 

――だけど何かひとつひとつがこう、刺さるような。

 

栗原:刺さってますね。

 

――恋愛が重いっすね。

 

栗原:そのあとが震災後の彼女で。

 

 

 

――そう。このエピソードがまた。恋愛関係に入っていく過程がとても純粋な。『働かないで、たらふく食べたい』にエッセイとして書かれていますけれど。これもたいへん面白い本なんです。で、このエッセイでは結婚指輪も買っている。

 

栗原:買いました。何か年収の三分の一と聞いたので、当時は10万円くらいだったので。3万円のものを。

 

――ちなみにこれ何年頃の話ですか?何年前くらいの感じ?

 

栗原:2011か2年だと思いますね。

 

――あ、そうですね。震災後ですもんね。

 

栗原:ぼくは30代前半ですね。

 

――いまはお幾つに?

 

栗原:いまは38です。

 

――2011、2年頃に結婚の約束をして、指輪を買い。

 

栗原:そうですね。

 

――まずお相手のご家族に反対され、相手の友人の人が余計なことを(笑)。

 

栗原:(柔らかく)「夢追い人はやめましょうよ」。

 

――(笑)そういう言い方ですか。ああ~、「うるせえぞ、この野郎」という感じはなくて、何かそういうからめた感じの?

 

栗原:すっごく優しく言われました。

 

 

 

相矛盾する考えの中で

 

――優しくからめ手で来るという(笑)。でまあ、どういう経緯で婚約した女性になじられたかというあたりを教えていただければと思うんですけど。

 

栗原:そうですね。元々付き合っていたときに向こうの人は大学院の状況とか良くわからないですから、付き合い始めたときって何カ所か就職先があるんだろうと思ってたんでしょうけど。

 

――ちなみに、お相手の方は働いていて、学校の先生をされていたんですね。

 

栗原:そうですね。僕も僕でちょっとよこしまな考えがないわけではなくて、向こうは公務員ですから。まあちょっと食わしてもらえるかな、くらいの気持ちもあったり。あと、結婚制度に対する認識も少し甘いところがありましたよね。だから何か使えるものは全部使ってもいいのかなくらいの認識。こっちが自由であれば「いけるかな」、というのがあったんですけどね。ただ、だんだんやっぱりつきあいが長くなってきて。で、婚約してとなってくると、博士論文を出して失敗してという時も何か働こうとしないで、家でずっと本を読んで。しかもまだ反原発デモとかあった頃なので、友人と変なビラを作って「イエイ!」とか言いながら(笑)。やってたりしたんでね。だから向こうからしたら「何やってんだ?」みたいになって。で、特に『大杉栄伝』書き出したときが一番向こうが怒ったときかもしれないですね。こっちのために自分を変えるつもりはないんだ?みたいに言われた時があって。

 

――なるほどね。自分のことをやる人なんだな、みたいに。

 

栗原:そうなんです。

 

――ああ~。それは彼女、結婚するのに自分のためにいろいろ協力してくれるはずだと思っていた?

 

栗原:そうですね。だから電話しても言われて。まあ文章でも書いたことなんですけどね。「好きなことだけやろうとしてるのは、子どもがわがままを言って、駄々をこねているのと同じことだ」と。“すげえ。名台詞だ”とか思いながら(笑)。

 

――なんか説得力がありますね。

 

栗原:そうですね(笑)。でもまあそういうのもあって、とはいえ、こっちは「好き」だったんでね。付き合い続けたかった。でもその時期というのは自分の中も両方がバアーと入ってきた頃で。実はいちおう博士論文は書こうと思ったものの、震災後は自分にとっても転換期だったんです。あのときって何か自分の頭がスッカラカンになったような気になったんですよ。

 

――書いてますよね。「わがままに生きようと思った」って。

 

栗原:はい。あんなにどれほど東北とかで準備してても津波一本でバアッと流されてしまっている姿を見て。

 

――本当に社会的価値観が崩れてしまったと?

 

栗原:そうですね。だからみんないちおう未来を想定してそのためにきっと「こういう風に生活していこう」と。ちょっといまこのやりたいことを抑えてとか。ですから私も自分の中でも博士論文を書いて就職するためにいま好きなことを書くのをちょっと抑えておこうかなというのがあったんですけど、何かそういうことも、「どうでもいいな」と思ったというか。

 

――震災があったことで。原発も事故起こしましたしね。

 

栗原:いつ死ぬかなんてわからないんだから、本当にいま死んだつもりで全部その都度全力でやんなきゃダメなんだって思ったところがあります。だからそういう思いと、でも「彼女のために」というのがたぶん、その震災直後からずっとその両極がザアーっと出てきた時期で。その辺が彼女に見透かされたんでしょうね。

 

――そういう思いを伝えれば心を動かされなかったか…。

 

栗原:いやあ~。変わらなかったとおもいます。

 

――ええ~(深く息)。

 

栗原:まあそういうのもあって。地元の動物公園の近くで婚約指輪を返されて、みたいな。

 

――そうですか。厳しいですよね。第二弾ですか。強烈だなあ、いまの話は…。何か踏み絵をとうとう踏みました、っていう感じですね。

 

栗原:そうですねえ。

 

――このあたり、物書きのつらさですね。

 

栗原:そうですねえ。

 

――白状せねばいかん、という。アナキストの本懐かもしれないですね。

 

 

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近藤憲二-1895-1969。兵庫県生まれのアナキスト。(栗原康『大杉栄伝』巻末人物解説より)

 

久板卯之助―1878-1922.京都市下京区生まれ。あだ名はキリスト。大杉栄に誘われて、和田久太郎とともに『労働運動』を手伝った。(栗原康『大杉栄伝』巻末人物解説より)

 

和田久太郎―1893-1928.1919年、大杉栄とともに『労働運動』を発刊。記者活動のかたわら、全国を飛び回ってアナキストを糾合する役割を果たした。(栗原康『大杉栄伝』巻末人物解説より)

 

中浜哲―1897-1926.福岡県北九州市生まれ。1922年、古田大次郎と出会い、ふたりでテロを決意。同年訪日中のイギリス皇太子を狙うが断念。その後、ギロチン社をたちあげる。19239月、大杉栄が虐殺されるとギロチン社は復讐戦にむかうが、19243月、中浜は資金集めのための掠奪で逮捕。恐喝以外の罪状がないにもかかわらず死刑になる。(栗原康『大杉栄伝』巻末人物解説より)