反動のメリット
杉本 うん。いまの新右翼の人たちというのはそういうあたりに何か。68年世代に対する反発だ、と言いましたけど、何か非難されている感じを受けていたりとか、そういうことがあったんでしょうかね?
田口 いまの右翼の人たち?
杉本 ええ、ええ。68年世代に対する反発だといいましたけど。
田口 え~と、それはヨーロッパの場合ですね。
杉本 ヨーロッパですか。
田口 日本の場合は68年世代の社会的影響力は弱かったから。反革命は特に必要ないわけね。特に必要ないということはないけど、まあね。フランスは凄い、いろいろ。新右翼は。
杉本 それはいまの日本の比ではない?
田口 いや、実質的には日本は旧右翼が強いから。
杉本 はあ、なるほど。今の首相というのは昔の旧右翼の末裔なんだ。
田口 うん、そうだね。まあナショナリズムですね。
杉本 で、おそらく僕、多くの人はそんなメンタリティでもないと思うんですよね。特に戦後世代の人たちは。
田口 うん。だから正面きって戦前に戻すといえばみんな反対するんだけど、そうではない。斜めに変えてくから、良く分かんないよね。
杉本 ただ、結構そういう意味では憲法学者がああやって、「違憲である」と言ってしまうと何かこう、亀裂が入ったという印象はありますね。どうなのかな?それは自分が個人的に思うことなのか。
田口 うん。亀裂が入る、って?
杉本 何でしょう?何かそれが「ああ、仕様が無いんだなぁ」みたいな所に行っていた中で「いや、憲法に照らしておかしい」と憲法学者と呼ばれる人たち、それも憲法というものを学ぶ学者の良心からしてどうにもこうにもこれは憲法上おかしいとしか言いようが無いという場所から発せられると、やっぱり普通の人々も「あ、そうなんだなあ」という気づきがあるというか。
渡部(ス) 憲法的におかしいかどうかというのは、分かった上でやっている人たちが政治をやっているわけで。
杉本 です。でしょう?ねえ?(笑)。
渡部(ス) それを見る側としてもさっきの民主主義と同じで憲法というものが本当に自分たちが背負ってくつもりがあるのかとか、それを必要としているのかということからしてよくわからなくなっている気が僕自身はしていて。
だから憲法よりももっとこっちの方がいいよとか、憲法を守るよりもこうした方が経済競争で有利だよとか、何でもいいですけど。「今の正しさ」によって、より強いものが出てきて、そういう主張を通されちゃうと、強行に反対もしづらいというか。
杉本 おそらくいまの憲法に対しては反対でしょうね。いまの総理大臣を含めた中心部にいる人たちはね。で、もうひとつ言った渡部くんが競争社会の中で生きて行くのにハードルが高い部分が沢山あるという考え方。それを乗りこえる有利性でいくと、そこに連なる経済活動をやっている人たちなんかも賛成していくというのはあるのかもしれませんね。
田口 あの、そうです。その、旧右翼的なものと、経済の新自由主義のスクラムですよね。
杉本 うん。そういう組み合わせですよね。
ロジカルに考えるのが難しくなってきた
渡部(ス) 良く聞くのは「とはいっても変わりにどうするんだ?」という。
杉本 対案論ですね(笑)。
渡部(ス) 「対案を出せ」もそうだし、じゃ、自民党じゃなかったらどこがやるんだ?という、そのどこかというと、自分がとはなかなかならないんで。それで、自民党のこういう所が良くないとか、いまの安保とか違憲な状態で解釈を進めようというのは承知してるけれど、ほかに選べるところがないから自民党に入れているという意見が良く見かける気がして。それが矛盾してるといえば矛盾してるんですけど、矛盾してなきゃいけないほど状況を悲観しているという部分もあるのかなって。悲観というか、実際その人にふりかかっている日常の問題というか。う~ん、うまく言えないですけれど。
杉本 ロジカル(論理的)には考えられないところがあるのかなあ。うん。自分の日常性に照らして今の政府の方針に従ったほうが得だという。
田口 うん。どうつながるかという話だね。
渡部(ス) そうだし、「選ぶ」というときどっちがより正しいかというのを基準に選ぶしか無いような感じがして。で、正しいかといわれると自民党も正しくないけど、じゃあ民主党はどうなの、何党はどうなんだ、といったらそこもろくなことをしてないじゃないかとか。その人にとってはもっと重要な「良くないこと」をしていたりするわけでそうなっちゃうと、とりあえず自民党しかないとかなるのかなあ、と。
田口 うん。そういう人もいるでしょうね。それはね。
渡部(ス) 僕自身、その「選ぶ」というのが苦手で。
杉本 どうも僕は思うんですけど、やっぱり力関係の問題って抜きがたく背景にあるのかなあということも考えてしまう。その歴史的に。
田口 その場合の力ってどういうこと?
杉本 え~と、多数派を任ずるところに行くことで自分が持っている欲望を獲得するための力に擦り寄っていく。まあ、学校でもねえ。いじめる/いじめられる関係で言えばマイノリティでいるのは集団の中で脅威を感じる、不安を感じるということに近いものはあるのかなあ?それはもちろん大人の世界ですから、単純ではないですけど。
やっぱり生活水準。生活できるとか。それこそ原発の話で言えば、原発立地地域であれば代わりになる産業がなければ誘致することでお金が下りるとか。
田口 うん。それは力の話ですか?
杉本 う~ん、力の話というか、力の派生物といったらいいのか。力のあるものに自分が。
田口 その場合はお金の話?
杉本 それはお金でしょうね。ええ。
田口 うん。まあ、それはそうだな。お金が無いということは弱いことだね。確かに。資本主義ではね。
杉本 うん。ちょっと「力」という話を広げすぎているかもしれませんけど。
渡部(ス) 個人化していくとどうしても個人のサバイバルの次元というか。それが強くなる印象があって、それに代わる方法がよく分かってないんじゃないか、というのが僕自身思うところで。自分が生き延びるということが、例えば自分で能力をつけていくとか、それか生き延びられる環境にいるようにするとか、この会社に勤めれば安全とか、まあ何でもいいんですけど。
集団で生き延びる方法が良く分からないという気がしてて(笑)。でもそうしないとまずそうな気もする、っていう。だからより自分の生存に寄与しそうなものを選び続けるサバイバル的な選択が迫られちゃうと、非常に狭い短いスパンで考えてしまうというか。
田口 そうだね。
渡部(ス) いまここに決めないと一年後に仕事がなくなる、とか。
自分の地図が必要
田口 そうするとやっぱりもうちょっと大きな地図が自分で描けないと、その都度振り回されちゃう、ていう話になっちゃうね。
渡部(ス) 長い時間で考えられるようにするには、僕は一種、集団というかその長い時間をお互い死なないように一緒に生きていけるような「かかわり方」がもうちょっと無いと辛いような気がしていて。多分僕が今一人暮らしをしたとしたら、もっと短いスパンでものを見るようになってしまうと思うので。
田口 そうだね。もうちょっと大きな見取り図で、しかも何が大事で何が大事でないかというのも、自分なりにはっきりさせてやっていくというのが良いのかな。
渡部(ス) で、それを実際そのように生きようと思うと、何と言ったらいいか、当然人と衝突するというか。「いまある形」と衝突するというか。それに沿わない形を、作らなきゃいけない部分があると思っていて。
その作業が、何でしょう?どこかやっちゃいけないような、どこかで禁止されているような気が(笑)。「気」だけですけど。でも、効率が悪いっていう理由だったり、そんなことしなくてもこれがあるじゃないかっていう、すでに出来上がっているものがある、という印象があったり。わざわざ波風立てなくてもという気も(笑)。何にしても、自分で考えた基準に沿って生きるということ自体にどの時代も摩擦とか抵抗があるんだと思うんですけど、その抵抗に対して弱くなってしまっているというか(笑)。 「わざわざそれをやらなくても」というブレーキがかかっちゃう。主観的な必然性のようなものにそって、当然のように動く、ということが何となく難しくなっているというか。それよりは外部の必然性のほうが強い印象があって、その状態で「民主主義」というのは僕にはまだ難しい。
田口 うん。だから身の回りであなたが判断できるところから。
渡部(ス) できるところからやっていくしかないですね。
田口 うん。それが民主主義だよね。大文字の民主主義はまあ、遠い話で。あまり関係なくても小文字の民主主義で何と言うかな。
杉本 あるいは自由主義でしょうか?それは。
田口 うん。だから「自己決定」の話なんだよ。だからどっちでもおんなじなんだよね。さかのぼれば同じなんですよね。
杉本 うん。でもその大きな地図が必要、という話は本当、大事なんですけども(笑)。うん、やっぱり自分の中から自然に出てくるものではないですよね、それはね。
田口 うん、そうそう。そこが大変(笑)。そこが大変(笑)。
杉本 やっぱり教えてくれる何かや、誰かが。
田口 ある程度試行錯誤が。人の地図を見て、「そうかなあ。ここはこうかもしれない。ちょっと違う」とね。
渡部(ス) 人の地図を見ながらするという(笑)。
田口 人の地図をみながら自分で。自分の地図を作っていくという話かな。
渡部(ス) その地図を持って動いている人に出会う機会が減っているのか、減ってはいないのか。僕が見てないだけかもしれないですけど。
杉本 うん。いやだから、田口さんなんかはおそらくそこら辺はあまりつっかえないで来られたんじゃないかな、って気がするんですがね。
田口 (笑)うん。まあまあ、ね。
杉本 (笑)変に突っ込んじゃいましたけど(笑)。
田口 傍目から見ればね。
杉本 ええ(笑)。
田口 柳家三亀松(やなぎや みきまつ)という寄席芸人がいてさ。彼、都都逸やって有名になってさ。
杉本 ええ。
田口 庭の竹の木を切ってね。「寝ていて小便がしてみたい」というのがあってさ。その二番があってさ。「寝ていて小便やってはみたが、端で見るほど楽じゃない」って(笑)。
渡部(ス) (笑)。
杉本 ふふふふふ(笑)。
田口 (笑)だから私も(笑)。端から見たら(笑)。
杉本 (笑)そりゃあ。
田口 ははは、ははは(笑)。
杉本 いやあ(笑)、そうだと思いますねえ(笑)。まあ結局だから、聞いていて思うのは、やっぱり「ひとり」は無理だなあ、というのは感じるんですよ。その、さっき渡部くんが言った、自分の新しい何かを仕事でも何でもいいんだけれども、新しい何かを作る、構想して、実際にしたいと思ってもやっぱりひとりじゃキツイ(笑)。だれか仲間が必要。それが結局かつての民主主義の運動の中でマイノリティの人たちが権利を勝ち取っていく運動の中でもひとりではできないので、仲間を募っていくという。まあ今でもやってますけどね。それはいろんな運動は。多くの人たちが。