取材にかかわる子たちから問われている

 

杉本:「子ども若者編集部」に関していえば、昨年お誘いを受けて対話させてもらった本橋さんという子は、凄い懐かしい感じがしたんですよね。

 

石井:うん、うん。

 

杉本:「俺」っていう言葉使いも、なんか懐かしいなと思ったんだけど。こう、情熱的っていうのかなあ。石井さんも若い頃ああいう感じだったんじゃないのかな?て思ったりもしたんですけどね。

 

石井:うん、そうですね。

 

杉本:なんか全力でぶつかっていくっていう気合いがある。

 

石井:(笑)。

 

杉本:気概があるっていうか、あの場でも話しましたけど、僕にはない、なかった部分を持っていたと思うんです。

 

石井:基本的にはもの凄い根が真面目な子です。

 

杉本:本当にね。あの~、内省的っていうか自分のこともね、親御さんと討論してても自分の言ったことに対して、自分でこう反省していたりとかね。いい人柄のキャラクーだなあって思って。

 

石井:ほんとにすてきな子が多いですよね。ただ、人柄だけでなくて、彼女たちは取材に行った時、手を抜くなんてこと絶対にしないんですよ。

 

杉本:う~ん。なるほど。

 

石井:なのでこっちが問われるんです、その姿勢に。本橋さんもそうだし、ほかの編集部の人たちもみんなすごく真剣にやります。だから私のほうが「今回は真剣ですか?」と問われるし、いい影響を受けることのほうが多いです。

 

杉本:石井さんもやっぱりそういう投げかけ方するじゃないですか?そういうナレーションが入ってるっていうのもあるけども。

 

石井:(笑)。

 

杉本:でもやっぱり、自分を問われるとか、「記事を書くっていうことはね」みたいな形で結構悩むでしょう?記事を書く側の子は。

 

石井:いや、そうですよね(笑)。

 

杉本:まあ、本橋さんはそういう性格っていうこともあって、いい意味でそういう性格があると思うんですけど、まあ最初の女の人とか、やっぱり憧れのミュージシャンにインタビューするっていうことで、相当ねえ。石井さんの横にいて、「こういう形でメールを送っていいでしょうか」。やっぱりどきどきしてね…。

 

石井:そうですね、うん。

 

杉本:石井さん、そんな、圧迫しているわけじゃないんだけど。

 

石井:(笑)そうですね。

 

杉本:まあ、なんというか、要するに自分自身をね、見つめる作業とかそういうようなことって、私自身こんなことやってて(笑)、いやぁ~これはやっぱりさすがにかなわない。石井さんは凄いなって本当に思って。やっぱりその向き合い方の真剣さってのは半端じゃないなって思ったところなんですよねえ。

 

石井:もの凄く真剣に向き合って悩んでいるので「それでいいんだ」という話は積極的に言うようにしています。あなたは「正しく悩んでます、それは苦しいはずです」と。学校のテストは「○」か「×」か、ハッキリと答えが決まっていますが、自分自身を問うというのは答えがないですから、気概が一番大事なんですよね。

 

杉本:そう、そうなんですよね。誰も答えを持っていない。

 

石井:そこは本人にとってもやりがいがある部分でしょうし、実は気楽な部分でもある。本気で向き合う関係性は、学校ではほとんど出会わないので、戸惑う人も多いですが。

 

杉本:そうですよね、本当にないと思う。

 

石井:だから、本人たちとすればやっぱり怖いことをお願いしています。でも、無意識に自分と向き合いたがろうとしている人が多かったので、「自分を問う」という姿勢を記事づくりにお願いするので間違いはないような気がするんですね。

 

杉本:そう、番組の感想としてはそういうことなんだよなぁ。本当、考えさせられますね。ある面においては先ほどインタビューの中で、カウンセリング受けてきたようなものだと思うと同時にね。向き合い方を雑にしてはいけないなって。相手の方に対して。また、自分自身のことを掘り下げるエッセイみたいなものをね、こちらもちゃんと向き合うことというのは大変なことですよね。

 

石井:そうですね。本当にそうだと思います。

 

杉本:自己開示ですからね。でも、つながってるんでしょうね、石井さんも自分自身そうやってやってきたことで。

 

石井:本当にそうです。あの~、僕自身がやっぱり10代のころから取材や執筆をして救われたっていう感覚があるので、「あなたたちもどうですか?」と言えるんでしょうね。私にはよかったということで。

 

杉本:うん、うん。答えはないですね、だから自分にとって良かった。君たちにとってどうかというのはわからない(笑)。

 

石井:そうですね。不登校新聞全体の一応通底する方針でもあるんですけど、全て主語は「私」にしましょうって。もちろんニュース記事に関しては「私」では書けないですけど、基本的には「私」にしましょう。「私たちは」とか、それこそ「当事者は」とか。そういう言葉は一切やめましょうと。勿論その使い勝手がいいのでつい、使ってしまうんですけど。基本的に主語を自分にする。

 

杉本:本当にそういうことって馴染まないとドキドキですよね。自分を主語にする新聞をつくろうということを共通理解にしようということはね。

 

石井:そうですね。もっと言えば、おもしろくないんですよ、「私たちは」とか「当事者の人は」という単語を使う文章は。当事者が原稿を書いてきて、たいていボツというか、まったくおもしろくないパターンが「私たちは」とか「当事者の人たちは」と言う場合です。「おいおい、さっきまでおもしろかった話はどこにいったんだ」と(笑)。悩んで見つけたのは「原稿の主語を間違えているんだ」と。

 

杉本:同感なんですね。ただ、あの~、何て言うのかなあ、結局、語り切ったという感じになるということ。そういう局面はあると思うんですよね。

 

石井:語り切った?

 

杉本:自分のことを語り切っちゃったな、みたいな。

 

石井:はい、はい。なるほど。

 

杉本:たとえば、石井さんがその10代のときに書いた本の内容もそうだろうし、本橋さんが自分のことを書いた記事もおそらくそうなんだろうと思うんですよ。「ひと仕事やった」って感じでね。

 

石井:うん、そうですね。

 

杉本:言葉を見つけた、みたいな。そこから先、私(わたくし)語りをすることが当面必要か?っていうことがね(笑)、おそらくわかってしまうとか。

 

石井:ありますね。1回記事を書いて終わり。卒業という人も。

 

杉本:みなさん、どうなんですか?学校通ったり?あの~、バイトしたりさまざま?

 

石井:さまざまですね。

 

杉本:うんうん。

 

 

 

不登校新聞の展開

 

石井:本当、僕ちょうど、自分が子ども若者第1期だったので。その時に、何か数人メンバーがいたんですけど、就職した人もいるしっていう感じです。で、何か結果的には働いてはいないひとも。

 

杉本:もう何期ですかね?

 

石井:いや、期はないんですけど(笑)。あの~、まあ、何ていっていいのかいつも(笑)。

 

杉本:年度が変わると何期生とか分かるのが一般だけども、98年からだから…。

 

石井:19期、18期かな。

 

杉本:98年、うん、まあ、毎年変わっているわけでもなくて。何年もいる子もいるわけですよね。

 

石井:もちろん。もちろんそうですね。

 

杉本:そろそろこの子を編集者に、とかって(笑)。

 

石井:本当にしてもらえるとありがたいですね。でもお金がないからいつも。はぁ~。

 

杉本:ず~と行きますか?そうすると不登校新聞社編集長で。

 

石井:そうですね、今の段階ではまだまだやり残していることが…。

 

杉本:定年60まで。

 

石井:定年はない(笑)。

 

杉本:退職金もらって辞めるとか(笑)。

 

石井:どこにも積み立ててないんで退職金も出ませんよ(笑)。

 

杉本:年金もらうまでいるとかね。想像つかないな。

 

石井:想像つかないですね。どうなるのか、あの~、わかんないですけど。

 

杉本:でもさ。やっぱり、実質的には後継育てるっていうことを考えた方がいいのかもしれないね。

 

石井:本当そうですね。

 

杉本:(笑)すみません、はっきりタメ口聞いてしまって()

 

石井:いえいいえ。本当そうですね。

 

杉本:う~ん。支えてほしい。支え手が出てきてほしいかもしれませんよね。

 

石井:本当そうです。ですから、世間的には34歳って非常に若いんですが、当事者からすればもう年齢が高いわけで。確かに代替わりもしていかないといけないですし。最近の嬉しいニュースがあるとすれば、『ひきこもり新聞』という新聞が・・・

 

杉本:ああ、でましたね。

 

石井:はい。創刊されて、で、あれをやっている中心メンバーの一人が、子ども若者編集部にずっと関わった…。

 

杉本:石崎さん。

 

石井:はい、私の飲み仲間です(笑)。彼自身が中心メンバーの一人になって「ひきこもり新聞」を発行してますが、うれしいニュースでした。やっぱり、「不登校新聞」も、ひきこもりのこともやると言いつつ、読者からは「不登校」を求められています。なので、以前から『ひきこもり新聞』という名前の新聞も必要だなと思っていたんです。それを石崎さんたちなど信頼できる人たちがつくってくれた。

 

杉本:石崎さんという方はひきこもってたんですか?

 

石井:石崎さんは不登校してなくてひきこもってたんですね。

 

杉本:う~ん、そうか、そうか。

 

石井:なのでひきこもり新聞で。

 

杉本:石井さんはね、ひきこもりじゃないですもんね。

 

石井:そうなんですよ。

 

杉本:やっぱり当事者、当事者という言葉使いもあれだけど、そちらの方が。

 

石井:そうですね。やっぱり、ひきこもりに関しては石崎さんの方がいいと思います。なので、凄くいい人が作ってくれたなあと。信頼できる人だと思いますね。

 

杉本:ただまあ、考えてはいたんですね。

 

石井:そうです。やりたいなあと。号外だけの形とか、「別冊ひきこもり新聞」とか作るかとか何かそういうアイデアは。

 

杉本:「別冊ひきこもり新聞」か、うん。

 

石井:本当にそういうことをやりたいなと思っていたところで、本当に具体的な人がね。やってくれたんで。良かったですよ。

 

杉本:わかりました。本当に長い時間、ずいぶん失礼な物言いも多かったと思いますが、お許しください。ありがとうございました。

 

石井:いえいえ。こちらこそ。

 

2017.2.20 不登校新聞社にて

 

 

 

石井志昴(いしい・しこう)さん

 

 1982年東京都生まれ。中学校受験を機に学校生活があわなくなり、教員、校則、いじめなどにより、中学2年生から不登校。同年、フリースクール「東京シューレ」へ入会。19歳からは創刊号から関わってきた『不登校新聞』のスタッフ。2006年から『不登校新聞』編集長。これまで、不登校の子どもや若者、識者など300名以上に取材を行ってきた。

 

全国不登校新聞社ホームページ http://www.futoko.org/

 

 

 

「なるにわ」 「NPO法人フォロ」で2006年より若者の居場所「コムニタス・フォロ」を開いてきたが、よりゆるやかに、さまざまな人が気軽に立ち寄れる場所にしたいとの思いから、20144 月より、発展的に解消してなるにわと名前をあらため、「なにものかでなくともよい場所」として、場を開催している。18歳以上であればだれでも参加できる。(なるにわブログより)

 

 

 

新潟監禁事件 新潟少女監禁事件とも。19901113日に新潟県三条市の路上で誘拐された当時9歳の少女が、2000128日に同県柏崎市の加害者宅で発見されたことにより発覚した誘拐監禁事件。監禁期間が約92カ月という長期に渡っていたことや、事件に関わる新潟県警の捜査不備や不祥事が次々と発覚したことなどから社会的注目を集めた。

 

 

 

池田小事件 附属池田小事件(ふぞくいけだしょうじけん)とも。2001年(平成13年)68日に大阪府池田市の大阪教育大学附属池田小学校で発生した小学生無差別殺傷事件。

 

玄田有史 1964年生まれ。東京大学大学院経済学研究科第種博士課程退学。学習院大学経済学部教授等を経て、2007年より現職。専門は労働経済学。05年より東京大学社会科学研究所の全所的プロジェクトである「希望学」(希望の社会科学)のリーダーとして活動。著書に『仕事のなかの曖昧な不安-揺れる若年の現在』『ニート-フリーターでもなく失業者でもなく』など多数。内閣官房「東日本大震災復興構想会議専門委員会」の委員も務めた。

 

 

 

取材後記

 

 

 

 

 

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